「カナノヒカリ」 864、865ゴウ (1995ネン 3、4ガツ)

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税金を食う漢字

                                             フジワラ タダシ 


   
  ワタシは ムカシ 役所で 住民登録の シゴトを していた ことが あります。その とき 漢字が ―― とりわけ ヒトの ナマエに つかわれて いる 漢字が ―― いかに 事務を とどこおらせ カネを ―― すなわち 税金を ―― くう もので あるかを ツブサに みましたので、その カタハシを しって いただきたいと おもい フデを とりました。  

 おおすぎる 異体字

  あらためて いうまでも ない ことですが、ヒトの ナマエは 正式には 戸籍に かかれて いる とおりに かく ものと されて います。 たとえ 戸籍に かかれた 字が まちがって いてもです。イマでは コドモの ナには「常用平易な文字」すなわち カナ、常用漢字と 人名漢字を もちいる ことと されて いますが、ウジ(ミョウ字)は 俗字、誤字と される ものを ふくめ、最初に 戸籍に かかれた とおりの 字が そのまま つかわれて います。
  「辺」と いう 字を 例に とりましょう。これは イマ 通用している 字体ですが、戸籍に この 字体が つかわれて いる ことは マレで、ホトンドの バアイ ふるい 字体が つかわれて います。一応「邊」が 旧字体と いう ことに なって いますが、実際は これには おおくの バリエーションが あります。たとえば、
  (1)シンニュウの 点が ないか ヒトツ だけの もの。
  (2)ツクリの ウエの 部分が「自」で なく「目」や「白」の もの。また、ソレゾレの ヨコ棒が タテに なって いたり 点に なって いる もの。
  (3)ツクリの ナカの 部分が「ウ」で なく「ワ」の もの。
  (4)「自」と「ワ」が くっついて いる もの。
  (5)ツクリの シタの 部分が「方」で なく「口」や「力」の モノ。
など など。すくなくとも 数十の 字体が あるでしょう。「辺」と いう 字だけで この とおり ですから、全体では 膨大な カズに なります。
  役所では こう いった 字体の 活字も 用意して いましたが、当然の ことながら スベテを 網羅する ことは 不可能で、必要に 応じ 随時 活字を つくって いました。アラタに 転入した ヒトなど どの 字体が つかわれて いるのか 判断 できない ことも おおく、(本人も しらない ことが すくなく ない)その バアイは 本籍地に といあわせなければ なりません。イソギの バアイは 電話を つかう ことに なりますが、長距離電話に なる ことが おおく、その ウエ こみいった 漢字を クチで 説明するのは 容易では ありませんから 時間が かかり、電話代も 相当な 額に なります。
  その ノチ 住民登録に かかわる 事務は コンピューターで 処理されるように なり、活字を つくる テマこそ なくなりましたが、外字を つくる テマが それに とって かわりました。
  もっとも 役所の 権限で カキナオシが まったく できない ワケでは なく、昨年 戸籍事務の コンピューター化に ともない カキナオシの できる 字が さだめられましたが 保守派の 抵抗も あり、徹底した ものには なりませんでした。
  保守派の 主張は 科学的な 根拠に とぼしい ものですが、「たとえ 俗字で あっても 先祖から うけついだ 字は 大切に して いきたい」と いうような カンガエカタは 心情的には 理解 できる と いう ヒトが いるかも しれません。しかし 文字と いう ものは コミュニケーションの 道具で あって 社会の 共有財産です。個人の モチモノでは ありません。したがって 社会に ―― 役所や 企業だけで なく マワリの ヒト スベテに ―― 不便を しいる 異体字の 整理は さらに すすめて いくべきだ と おもいます。
  その ための クニの テダテが のぞまれますが、それを またずとも、ワタシタチが イマ すぐ できる ことが あります。もし 自分の ウジが 戸籍に 異体字で かかれて いるならば、それを 正字に なおす ことです。それには むずかしい テツヅキは いりません。ナマエを あらためるには 原則として 家庭裁判所の 許可が いりますが、異体字を 正字に なおすには 本籍地の 役所に もうしでるだけで よい ことに なって いるのです。

2 よめない ナマエ

  ヤッカイなのは 異体字だけでは ありません。ヒトの ナマエに つかわれる 漢字には ヨミカタが わからない と いう 問題が あります。もともと ワガクニでの漢字の ヨミカタは イクトオリも あり、きわめて 複雑な ものに なって います。たとえば「正」と いう 字は 小学校の 1年で ならう「やさしい」字 ですが、「セイ」とも よむし 「ショウ」とも よみ、また「マサ」、「タダ(シイ)」とも よみます。くわえて ナマエに もちいられる バアイには「マサシ」、「タダシ」の ホカ「アキラ」、「マコト」など さらに おおくの ヨミカタが あります。一体 イクトオリの ヨミカタが あるか ミナサンは ゴゾンジでしょうか。実は ヒトの ナマエを どう よませるかは 制限が ないので ヨミカタは 無限に! ありうる ことに なります。その ウエ ヒトリ ヒトリに ついて どう よむかは しる スベが ありません。ヒトの ナマエに 関しては やさしい 漢字 など ヒトツも ない と いう ことが できます。
  (おなじく 漢字を つかって いても、中国では 複数の ヨミカタを もつ 漢字は 全体の 1ワリ 程度に すぎず、韓国では 原則として 漢字の ヨミカタは ヒトツしか ありませんから、このような 問題は おこりません)
  コンピューター化に よって ナマエから 住民票の 検索が できるように なりましたが、ヨミカタが わからないと 大変 テマが かかります。「東 幸子」さん なら「ヒガシ サチコ」、「ヒガシ ユキコ」、「アズマ サチコ」、「アズマ ユキコ」など イクトオリもの ナマエで 検索しなければ なりません。想像も できないような ヨミカタを する バアイは オテアゲです。ワタシの シリアイに「亀」さんと いう ナの カタが います。最初 どう およびしたら いいのか わからず 大変 こまりました。実は「タカラ」さんと よむのでした。いくら「カメ」さんを 検索しても この カタの 住民票は でて きません。
  とりあえずの 解決策は ナマエを かく バアイには かならず フリガナを ふる コトでしょう。
  また コドモには やさしく かけ だれにも ただしく よめる ナを つけたい ものです。むずかしい ナで 一番 苦労するのは 本人かも しれません。

3 どこまで ふえる 人名漢字

  人名漢字は 3回の 追加を へて 284字に なりましたが、もっと ふやせ と いう コエも あるようです。
  イマまでの 追加が どのような 基準で なされたのか かならずしも アキラカでは ありません。1990年に「昴」と いう 字が 追加されましたが、これは「昴(スバル)」と いう タイトルの ウタが ヒットした ため と いわれて います。おそらく その とおりでしょう。この字は 星座の ナマエにしか ツカイミチの ない 字ですから、ホカに 人気が たかまった 理由は おもいあたりません。このような ことで 追加が なされるならば 際限が ないのでは ないでしょうか。
  ある ワタシの シリアイは「湘」と いう 字が つかえない ことを 残念がって いましたが、イマ 湘南地方が リゾートとして ブームに なって いるそう ですから、もし また 追加が おこなわれると したら この 字も くわえられる かも しれません。

4 根本的な 解決策は?

  「事務の 能率化」と いう カンガエカタを つきつめると、漢字は 一切 つかわず カナのみを つかう ホカ ない と いう 結論に いたります。コンピューターで 漢字を あつかう バアイ、カナ または ローマ字 からの 変換と いう 作業が かかせませんし、音声入力が 可能に なっても、「ショウジ」さんは「東海林」さんか「庄司」さんか それとも「小路」さん なのか コンピューターに 判断 できる はずも ありません。
  一方「コドモの ナには すきな 字を つかいたい。つかえる 漢字が 制限されて いるのは こまる」、「漢字制限は 表現の 自由を おかす ものだ」と いうような カンガエカタも あるでしょう。これを つきつめれば 一切の 漢字制限を やめろ と いう ことに なるでしょう。この アトの カンガエカタに ついては おおいに 議論の 余地が あると ワタシは おもいますが、ここでは ふれない ことに します。フタツの まったく あいハンする 要求を 両立させる 方法が すでに この 雑誌で 提案されて いるので ここに あらためて 紹介する ことに しましょう。
  それは、「ナマエに つかう 字には 制限を もうけない。ただし 戸籍を はじめ 役所で あつかう 文書や 日常生活では カナのみを つかう。」と いう ものです。随分 大胆な 提案だと おもう ヒトも いるでしょうが、これが 唯一の 解決方法では ないでしょうか。もし 実現 できれば 役所でも 民間企業でも オオハバに コストを へらす ことが できるでしょう。

〔原文は、「カタカナひらがな交じり文」〕

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