カナモジカイ(公式サイト)
トップページ > メニュー > 主 張

漢字(かんじ)一役(ひとやく)()った「年金(ねんきん)記録(きろく)()れ」問題(もんだい)
フジワラ タダシ 
 わが国は今、「年金記録漏れ」の不祥事で上を下への大騒ぎです。年金制度そのものは、カナモジ運動とは直接の関わりはありませんが、この問題には国字問題が深く関連していることが明らかになってきました。漢字の氏名をカタカナに書き換えるときにその読みをイイ加減に扱ったことが記録漏れを膨大なものにした原因のひつとだったのです。
 社会保険庁は1979年に、それまで紙に書かれていた記録の電子化を始めました。その際、氏名や住所にはカタカナを使用しました。漢字を用いずにカタカナを用いたのは、当時はまだ漢字入力の技術が成熟していなかったためですが、漢字入力の技術は現在でさえ異体字などの問題もあり、完全なものとはいえませんから、カタカナを使ったのは合理的であり、正しい選択であったといえるでしょう。
 問題は、そのとき、漢字の正確な読みを確認しないまま、コンピューターへのデータの入力を行ってしまったことです。新聞などの報道によれば、企業や年金加入者本人に氏名の読みを確かめずに、「常識的」な読みで入力して済ませてしまったということです。
 「一郎」という名前の人なら、担当者は「常識的」に「いちろう」と読み、そう入力したでしょう。しかし、本当の読み方が「かずお」だったとしたら、そして、勤め先を変えたときに正しい「かずお」の読みで記録されとしたら・・・、一人の人が複数の人物として記録されてしまうことになります。
 人名の漢字の読みに常識などありえません。「幸子」の「常識的」な読み方は「さちこ」なのでしょうか? それとも「ゆきこ」?  しかも、人名は「当て字」「読ませ」が野放しにされているのですから、これほどアテにならないものはありません。そんなことは、社会保険庁も先刻承知していたに違いありません。
 では、なぜこのような手抜きをしたのでしょうか。わたしは社会保険庁をかばうつもりは毛頭ありませんが、一つはコストの問題があったのではないかと推測しています。年金加入者一人ひとりについて、本人や企業に問い合わせるだけでも大変な仕事です。それに加えて、すでに合併したり倒産したりして存在しなくなった企業や、住所が不明となっている加入者も少なくないでしょうから、問い合わせる先を調べ上げることさえ、気の遠くなるような作業でしょう。また、それには当然、莫大なコストを必要とします。
 しかもです。企業に問い合わせたとしても、その企業が従業員の氏名の読みをすべて正しく記録していたという保障はないのです。企業の担当者も本人に確かめないで、あるいは誤って「常識的」な、しかし間違った読みを記録していたということは十分考えられることです。職場では姓(氏)で呼び合うのが普通ですから、名の読みが違っていても気がつかないこともあるでしょう。
 では、本人に問い合わせれば絶対に間違いないのでしょうか。字は戸籍どおりのものを使っていても、読みは違うものを使っている、ということはありえないことでしょうか。たとえば、「佳子」という名前の人ならば、親は「けいこ」と名づけたにもかかわらず、本人はそれが気にいらず、「よしこ」と名乗っている、というようなことも考えられなくはありません。また、何らかの事情で複数の名乗りをしていないとも限りません。
 現に、自分の氏名がいく通りにも読めることを悪用して、複数の銀行口座を作る、などの犯罪行為が行われたことがあります。なぜこんなことができたかというと、氏名の読みには、これが正しい、と証拠だてるものがないからです。戸籍にも氏名の読み方は記載されていませんから、本人のいっていることを信じるしかありません。
 年金記録漏れの問題にもどりますが、実情はこんな有様ですから、完璧な解決などまずあり得ないと思われます。それでもこの問題は政治問題になっていますから、なんらかの形で決着がつけられるのでしょうが、そのための莫大な費用は、国民のフトコロからまかなわれるのです。漢字は、国民の血を吸う金食い虫であるといわざるを得ません。
 この問題は、表向きは社会保険庁という組織の問題であるとはいえ、その背後には、漢字の不合理、その結果としての非効率・不経済の問題があることに国民は気づかなければなりません。数が膨大で扱いにくいだけでなく、読み方が特定できないというカオス状態、無政府状態・・・。
 だれでも、氏名の字は知っているけれど、正しい読み方はわからないという知人がいるのではないでしょうか。ビジネスマンなら、名刺をたくさん受け取っているはずですが、その名刺に書かれた氏名のうち、自信を持って正しく読めるのは、果たしてどのくらいあるでしょう。
 わたしたちはかねてから、せめて固有名詞だけはカナで書くべきだと主張してきました。ですから、今回の問題については、「だから言わないことではない」とタメ息をつくしかありません。
 少なくとも氏名の読みには法的な根拠を与える必要があるのではないでしょうか。いますぐ漢字をやめて、氏名をすべてカナ書きにするというのは現実的ではないかも知れませんが、戸籍や住民基本台帳には、読み(カナ)をあわせて記載するべきです。そして、日常生活では漢字で書いてもカナで書いてもよいものとし、年金などの公の記録は、カナによる表記で統一するということにすれば、入力ミスなども大幅に減り、事務効率も格段に向上するに違いありません。
 漢字がどのように不便で不経済なものであるか、そして、カナがどんなに便利なものであるか・・・。皆さん、今回の不祥事を教訓に、文字のあり方を真剣に考えてみてください。
  (2007/06/30)

 (『カナノヒカリ』 936ゴウ 2007ネン ナツ)(一部書き改めた)

(このページおわり)