「カナノヒカリ」 931ゴウ (2006ネン ハル)

トップページ > 機関誌「カナノヒカリ」 / カナモジカイの主張 /  国語国字問題Q&A           


国語国字問題Q&A

なぜ「縦書き」でなく、「横書き」なのか

                                             ユズリハ サツキ 


   
   日本語は、縦に かくのが 伝統で ある。 カナモジカイは なぜ 縦書きを 横書きに かえよう と いうのか。

  
 伝統と いっても、まもって いくべき ものと、あらためるべき ものが あります。かつては、「男尊女卑」が 日本の 「伝統」 でしたが、イマは、「男尊女卑の 伝統を まもれ」 などと いう ヒトは いません。

  日本語は、タシカに エド時代までは すべて タテガキ でしたし、現在でも 新聞や 雑誌を はじめ タテガキが おおく おこなわれて います。では、イッタイ なぜ 日本語は タテに かかれる ように なったの でしょうか。それは、日本が かつて 圧倒的な 影響を うけた 中国の 文、「漢文(当時の 中国語)」が タテガキで あったからに ちがい ありません。タテガキが 日本の 伝統で ある と いっても、それは 外国の マネを した と いうだけで、積極的な 意味を もつ ものでは ありません。(その タテガキの 本家 中国で さえ ヨコガキに ふみきって います!)

  文は、タテガキか ヨコガキか、の フタトオリしか ありえないの ですから、合理的な カキカタを えらぶべき です。タテガキには なんの 合理性も ありませんが、ヨコガキには ツギの ような 利点が あります。

  1.人間の 視野は、タテ 1 に 対し、ヨコ 2 の ワリアイで ヨコの ホウが ひろく なって います。ですから 生理的に ヨコガキの ホウが よみやすく できて いるの です。タテガキの ホウが よみやすい、と いう ヒトが いるのは、おもに ナレの 問題 です。(そのほか、一般に、ヨコガキに適した 書体などの クフウが 十分に なされて いない ことも 理由の ヒトツと かんがえられます。)

  2.文章では、おおくの バアイ、数字が つかわれます。それも 漢数字よりも アラビア数字(算用数字)の ホウが 便利 ですので おおく つかわれて います。アラビア数字は ヨコに かく もの ですから、文章全体を ヨコガキに するのが 合理的なの です。

  3.同様に、文章中に 英文など 「ヨコモジ」を まぜる バアイにも、当然、全文 ヨコガキに するのが 便利 です。

  4.イマは テガキを する ことは あまり ありませんが、テガキの バアイに ヨコガキの 合理性が きわだちます。テガキの バアイ、タテに かくと、すでに かいた ブブンが、かいて いる テで かくれて みえなかったり、すれたり して、とても 不便 です。ヨコガキでは、その ような ことは ありません。

  5.人間の テは、ヒダリから ミギへ かくのが 機能的に 自然なの です。漢字や カナの ヨコ線は かならず ヒダリ から ミギへ かきますし、ナン種類か ある 速記法も すべて ヒダリから ミギへと かきます。(つまり ヨコガキ です。)

  6.印刷する とき、カミの 節約に なります。1行中の モジの カズは 普通、ヨコガキよりも タテガキの ホウが おおく なりますが、文書番号、ヒヅケ、件名、受信者名、発信者名、「記」、「以上」、箇条ガキの 各項目 など、ワズカな モジしか かかない 行では、タテガキの ホウが ムダに なる スペースが おおく なります。

  7.カタカナの 文章は、語形を つくる ことに より、よみやすく なります。カタカナは 字画が すくなく、漢字の 部品とも いえる もので、語形を つくる チカラを 潜在的に そなえて おり、カタ線(肩線)(「ア、カ、サ」などの ウエの ヨコ線)の タカサを そろえる ことに より、その 効果を いちじるしく たかめる ことが できます(「カタセンガナ」)。タテガキでは、それが できません。

  理由は、まだ まだ あげる ことが できますが、ウエに かいて きた ことだけ  でも、ヨコガキが 合理的で ある ことは アキラカ でしょう。現在 ヨコガキが ひろまって いるのも、その 合理性に よる ものと おもわれます。

  文章を 草書で かく バアイなどは、タテガキで なければ ならない でしょうが、それは 特殊な バアイで あって、ワタクシたちの 目的と する 「日常生活で もちいる 文章」 の カキアラワシカタの 改革とは 別の 問題です。


このページのはじめへ