「カナノヒカリ」 951ゴウ (2011ネン ハル)         

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国語国字問題Q&A

文字言語は残るものであるから、変えてはいけないか?

                                             ユズリハ サツキ 


   
   音声言語は そのバで きえて しまうが、文字言語は のこる もので あるから、一定の カキカタを すれば、時代を 超越した ものと なる。 だから 音声言語の 変化に かかわりなく、文字言語の カキカタは かえては いけない もの では ないか。

  
 その ように して 文字言語が 時代を 超越して 理解される ものに なると すれば、理想かも しれませんが、それは 現実には ありえない こと、幻想 です。

  その ように 主張して いる ヒトビトの ナカには、旧漢字や 旧カナヅカイを いまだに つかって いる ヒトが います。 しかし、本当に 永遠に 通じる 文章を のこそう と するならば、漢文なり、文語文なりで かかなければ ならない はず ですが、そこまで している ヒトは いません。

  ヨーロッパでは、15、6世紀までは、学術の 分野での 共通する 文字言語と して ラテン語が もちいられて いました。 しかし イマでは 後世の 読者の ために ラテン語で 文章を かく ヒトは いません。 日本での 漢文、文語文も おなじく 過去の もの です。

  質問者の 主張は、結局は 日本語の 改革に 反対する ための イイガカリに しか ならない、現実とは かけはなれた ものなの です。

  後世に 文章が のこるか いなかは、どの ような 言語で かかれて いるか、では なく、ナニが かかれて いるか、に よって きまるの です。 その 内容が 普遍的な 価値が ある もので あれば、かならず 未来の 読者に よみつがれる ことに なる でしょう。 言語が うつりかわり そのままでは 理解する ことが できなく なれば、翻訳が おこなわれる でしょう。 原文に あたるのは、専門家の シゴト です。

  ワガクニの 文章に ついて いえば、万葉集や 源氏物語を はじめ おおくの 作品が、現代人には いかに よみにくくとも、古典と して つたわって おり、現代文への 翻訳も おこなわれて いる、と いう 事実を おもいおこして ください。