「カナノヒカリ」 944ゴウ (2009ネン ナツ)

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首相の漢字力不足と文化審議会の認識不足

                                             フジワラ タダシ 


   
  ワガクニの 首相が、国会答弁などで 漢字の ヨミを たびたび まちがえた ことが 報道され、話題に のぼった。 マチガイの おもな ものは、有無「ゆうむ」、思惑「しわく」、怪我「かいが」、完遂「かんつい」、実体経済「じつぶつけいざい」、順風満帆「じゅんぷうまんぽ」、詳細「ようさい」、焦眉「しゅうび」、前場「まえば」、措置「しょち」、詰めて「つめめて」、低迷「ていまい」、踏襲「ふしゅう」、破綻「はじょう」、頻繁「はんざつ」、未曽有「みぞうゆう」、物見遊山「ものみゆうざん」など。

  これに ついて、首相は 「マンガ ばかり よんで いるからだ。」 などと 批判され、また、「麻生太郎を、『あほう(阿呆)たろう』 と よむ ヒトが いる。」 などと からかわれた。 地モトの 小学校では、漢字の ヨミが ニガテな 小学生に 対し 「(麻生)太郎ちゃん」と いう 「屈辱的な アダナ」を つける ことが はやった そうだ。

  タシカに 首相の 漢字の ヨミの チカラには 「?」が つくかも しれないが、この ような ヨミマチガイは 世間では すくなくない。 「既出」を 「がいしゅつ」、「様変わり」を 「ようがわり」、「巣窟」を 「すくつ」などと よむのは、よく ミミに する。

  この 首相を わらう ヒト、わらわない ヒト、わらえない ヒト、いろいろ いる だろうが、マスメディアで 発言するのは、もっぱら わらう ヒトタチで ある。 漢字を よく しって いる ことを 能力や 教養の ある ことと 混同するのは、イマに はじまった ことでは ない。 だから、「漢字の チカラの よわい ヒトは アホウ」 と いう カンガエが 世間では 支配的で あって、あらがう ことが できない。 「アホウ」が 多数派かも しれないのに。

  だが、漢字の ヨミマチガイと いうのは、漢字の ヨミが イクトオリも ある 以上、さけられない もので ある。 学習の シカタに よって 漢字の 知識に 差は つくが、ヒトは 漢字を おぼえる ために いきて いる わけでは ない。 文字は 単に コトバの イレモノに すぎないので あって、漢字を どれだけ しって いるかと いう ことで ヒトを 判断するのは 実に オロカな ことで ある。 漢字と いう ものの タチの ワルサが ほとんど 認識されて いない ことが 問題だ。

  現在、文化審議会 国語分科会は、1945字から なる 「常用漢字表」に かえ、字種を 2131字に ふやした 「新常用漢字表(仮称)」を つくろうと して いる。 また、ヨミカタに ついては、現在の 常用漢字 1945字には 音訓 あわせて 4087トオリ あるが、これをも オオハバに ふやそうと している。

  この 試案の 「追加字種候補(191字)表」の ナカから、動詞と して つかわれる 字種を あげると、斬、狙、籠、匂、拭、塞、蹴、湧、張、腫、妖、捉、宛、叱、乞、呪、諦、妬、蔑、嗅、痩、詣、弄、罵、憧、溺、羨、畏、萎、煎、賭、遡、憚、嘲、貪、剥 の 36字が ある。

  これを みれば、「切る−斬る」、「臭う−匂う」、「張る−貼る」、「怪しい−妖しい」、「捕らえる−捉える」、「当てる−充てる−宛てる」、「請う−乞う」、「跡−痕」、「歌−唄」、「恐れる−畏れる」など、異字同訓を 現状以上に ふやそうと して いる ことも わかる。

  1948年に 告示された 「当用漢字音訓表」では、3122トオリまで 音訓の 精選が おこなわれたが、1973年に 告示された 「当用漢字改定音訓表」では、音訓あわせ 357 トオリが ふやされた、そして、1981年には 「常用漢字表」が 告示され、608トオリの 音訓が さらに ふやされた。 また、熟字訓や アテ字なども おおく みとめられた。

  今回の 改定では 字種だけで なく、音訓をも なお 一層 ふやそうと している。 音訓が ふえると いう ことは、 同字異訓や 異字同訓の 問題も ふえる ことと なり、日本語の 表記が さらに 複雑で つかいにくい、通じにくい ものに なる ことで ある。 おおくの 「(麻生)太郎ちゃん」を うみだす ことで ある。

  文化審議会の メンバーは、首相の 「漢字力」に ついての 報道を きいて、ナニを 感じた だろうか。 「漢字を よめない アホウ」が 国家の 最高責任者に なれた ことを どう かんがえたの だろうか。 「ハジメに 漢字フヤシ ありき」 の この ヒトビトは、それから ナニも まなばなかったで あろう。 まして、コエなき 一般民衆の 「漢字力」に オモイを いたす ことなど なかったに ちがいない。 首相の 「漢字力」の 不足は 人畜無害だが、いやしくも 日本の 文化の アリカタを 審議する 文化審議会の 認識不足、不見識は きわめて 有害で ある、と いわざるを えない。

                                  (2009/07/01)
                                  
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