カナモジカイ(公式サイト)
トップページ > メニュー > 主 張 >

首相(しゅしょう)漢字力(かんじりょく)不足(ぶそく)文化(ぶんか)審議会(しんぎかい)認識(にんしき)不足(ぶそく)
フジワラ タダシ 
 わが国の首相〔麻生太郎〕が、国会答弁などで漢字の読みをたびたび間違えたことが報道され、話題にのぼった。間違いの主なものは、有無「ゆうむ」、思惑「しわく」、怪我「かいが」、完遂「かんつい」、順風満帆「じゅんぷうまんぽ」、詳細「ようさい」、焦眉「しゅうび」、前場「まえば」、措置「しょち」、詰めて「つめめて」、低迷「ていまい」、踏襲「ふしゅう」、破綻「はじょう」、頻繁「はんざつ」、未曽有「みぞうゆう」、物見遊山「ものみゆうざん」など。

 これについて、首相は「マンガばかり読んでいるからだ。」などと批判され、また、「麻生太郎を、『あほう(阿呆)たろう』と読む人がいる。」などとからかわれた。地元の小学校では、漢字の読みが苦手な小学生に対し「(麻生)太郎ちゃん」という「屈辱的なアダナ」をつけることがはやったそうだ。

 確かに首相の漢字の読みの力には「?」がつくかもしれないが、このような読み間違いは世間では少なくない。「既出」を「がいしゅつ」、「様変わり」を「ようがわり」、「巣窟」を「すくつ」などと読むのは、よく耳にする。

 この首相を笑う人、笑わない人、笑えない人、いろいろいるだろうが、マスメディアで発言するのは、もっぱら笑う人たちである。漢字をよく知っていることを能力や教養のあることと混同するのは、今に始まったことではない。だから、「漢字の力の弱い人はアホウ」という考えが世間では支配的であって、あらがうことができない。「アホウ」が多数派かもしれないのに。

 だが、漢字の読み間違いというのは、漢字の読みがいく通りもある以上、避けられないものである。学習の仕方によって漢字の知識に差はつくが、人は漢字を覚えるために生きているわけではない。文字はコトバの入れ物にすぎないのであって、漢字をどれだけ知っているかということで人を判断するのは実に愚かなことである。漢字というもののタチの悪さがほとんど認識されていないことが問題だ。

 現在、文化審議会国語分科会は、1945字からなる「常用漢字表」に代え、字種を2131字に増やした「新常用漢字表(仮称)」を作ろうとしている。また、読み方については、現在の常用漢字1945字には音訓合わせて4087とおりあるが、これをも大幅に増やそうとしている。

 この試案の「追加字種候補(191字)表」の中から、動詞として使われる字種をあげると、斬、狙、籠、匂、拭、塞、蹴、湧、張、腫、妖、捉、宛、叱、乞、呪、諦、妬、蔑、嗅、痩、詣、弄、罵、憧、溺、羨、畏、萎、煎、賭、遡、憚、嘲、貪、剥 の36字がある。

 これを見れば、「切る-斬る」、「臭う-匂う」、「張る-貼る」、「怪しい-妖しい」、「捕らえる-捉える」、「当てる-充てる-宛てる」、「請う-乞う」、「跡-痕」、「歌-唄」、「恐れる-畏れる」など、異字同訓を現状以上に増やそうとしていることも分かる。

 1948年に告示された「当用漢字音訓表」では、3122とおりまで音訓の精選が行なわれたが、1973年に告示された「当用漢字改定音訓表」では、音訓合わせ357とおりが増やされた、そして、1981年には「常用漢字表」が告示され、608とおりの音訓がさらに増やされた。また、熟字訓や当て字なども多く認められた。

 今回の改定では字種だけでなく、音訓をもなお一層増やそうとしている。音訓が増えるということは、同字異訓や異字同訓の問題も増えることとなり、日本語の表記がさらに複雑で使いにくい、通じにくいものになることである。 多くの「(麻生)太郎ちゃん」を生み出すことである。

 文化審議会の委員は、首相の「漢字力」についての報道を聞いて、何を感じただろうか。「漢字を読めないアホウ」が国家の最高責任者になれたことをどう考えたのだろうか。「初めに漢字増やしありき」の方々は、それから何も学ばなかったであろう。まして、声なき一般民衆の「漢字力」に思いをいたすことなどなかったに違いない。首相の「漢字力」の不足は人畜無害だが、いやしくも日本の文化のあり方を審議する文化審議会の認識不足、不見識はきわめて有害である、といわざるを得ない。

      (2009/07/01)

 (『カナノヒカリ』 944ゴウ 2009ネン ナツ)

(このページおわり)