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異字(いじ)同訓(どうくん)日本語(にほんご)表現力(ひょうげんりょく)(ゆた)かにしているか
ユズリハ サツキ 
 【漢字廃止論への批判】 
 漢字は、「作る」「造る」、「匂う」「臭う」など、 異字同訓があるため、カナでは区別のできないニュアンスを表わすことができ、日本語の表現力を豊かにしているのではないか。

 【反論】 
 お答えする前に、わたしから逆にお尋ねしたいと思います。「作る」「造る」、「匂う」「臭う」を使い分けなければ ならないと したら、
「この町ではブドウとワインを『つくっている』」
「良いとも悪いとも言えない不思議な『におい』」
の『つくっている』『におい』はどちらの漢字を使えばよろしいでしょうか?

 「つくる」という日本語は、漢字で書けば「作る」「造る」「創る」などと書き分けることができ、より厳密な表現ができるかの ように見えます。米は「作る」、酒は「造る」のように。しかし、このような書き分けをしなければ ならないとしたら、「ブドウとワインを『つくる』」は漢字では書きようがありません。同じように「におい」も、良いにおいは「匂い」、悪いにおいは「臭い」と書き分けますが、これを守らなければ ならないとしたら、良くも悪くも感じられない「におい」は、漢字では書けません。
 日本語の固有語(和語)は、実は漢字では書き表わせないのです。「訓」は当て字であって、日本語を中国語に訳したものです。漢字はただの文字ではなく語を表わす「表語文字」であって、中国語を書き表わすために生まれ発達したものですから、中国語と系統も語彙も異なる日本語を正しく書き表わせないのは当然のことです。

 英語に置き換えて説明したほうが分かりやすいかもしれません。
 日本語の「つくる」に一番近い英語は「make」であろうと思いますが、「つくる」イコール「make」ではありません。「make tea」は「茶を『つくる』」では なくて 「茶を 『いれる』」と 訳しますし、「make trouble」は「騒ぎを『つくる』」ではなく「騒ぎを『おこす』」 です。「つくる」と「make」では、表わす意味の広がりが異なります。
 同様に、「つくる」 イコール漢字(すなわち中国語)の「作」では ありませんし、「造」とも「創」ともイコールではありません。「つくる」と「作」「造」「創」とは意味が重なり合う部分があるということであって、同じ意味というわけではありません。言語が違えばコトバの意味の広がりも異なります。「つくる」を「作る」「造る」「創る」などと書くのは、「つくる」に近い意味の中国語(漢字)を当てたということであって、「つくる」というコトバの意味の一部を表わしたものに過ぎません。異字同訓は、煩わしいというだけでなく、日本語を歪めています。たとえて言えば、日本語として独自の意味の広がりを持つコトバを、漢字(中国語)という体に合わない色々な服を無理やり着せて、別のものに見せているということなのです。

 異字同訓にも意味をより厳密に表わすという利点がある、そしてそれは日本語を豊かなものにしていることは事実だろう、とおっしゃる かも しれません。たしかに、ブドウを「つくる」のとワインを「つくる」のでは、おなじ「つくる」でもニュアンスの違いがあるでしょう。しかし、もし この ふたつ を書き分けなければ ならないとしたら、犬小屋を「つくる」のも、食事を「つくる」のも、曲を「つくる」のも、団体を「つくる」のも、笑顔を「つくる」のも、列を「つくる」のも、違う字を使って書き分ける十分な理由があるでしょう。ならば、日本語の豊かさのために断じて書き分けなければ なりません。漢字だけでは不十分ですから、英語から単語を借りるのが良いでしょう。犬小屋をつくるなら、「buildる」と書いて「つくる」と読む。食事をつくるなら、「cookる」と書いて「つくる」。同じように、「composeる」「organizeる」「forceる」「formる」「growる」「brewる」……。これらをすべて「つくる」と読む。このようなことができれば、日本語は今よりはるかに「豊かな」ものとなり、めでたい かぎりでは ないでしょうか。
 こんなことはすべきでないとお考えですか。ならば、あなたは健全な判断力をお持ちなのですから、「作る」「造る」「創る」といった書き分けが「buildる」「growる」「brewる」のよう書き方と同じ、愚かしい表記法であることにも気づいていただけたでしょう。そして「異字同訓」のみならず、「訓読み」そのものが不合理であることもお分かりになったことでしょう。
 最後に、仮に100歩譲って「異字同訓」の「厳密さ」を認めるとしても、それは音声にしたその瞬間に雲散霧消してしまう、はかないものであることも付け加えておきましょう。

 (『カナノヒカリ』 960ゴウ 2016)

(このページおわり)