「カナノヒカリ」 936ゴウ (2007ネン ナツ)

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国語国字問題Q&A

漢字制限は、表現の自由を侵害するか?

                                             ユズリハ サツキ 


   
   漢字に よって 日本語の 表現力は、すばらしく ゆたかな ものに なって いる。 漢字制限は、この 日本語の 多様な 表現力を しばる もので あり、書き手の 表現の 自由を 侵害する もので ある。 まして、漢字の 全廃など 論外で あろう。

  
 漢字を つかう ことに よって、文章の 字ヅラは タシカに ニギヤカな ものに なります。 しかし その ことが 日本語に 真の 生命力を もたらして いる などと いう ことは 決して ありません。 が、ここでは その ことに ついては はぶく ことと し、日本語の 表記に ついて、 コミュニケーションの 手段と しての アリカタと 「表現の 自由」の 関係を かんがえて いきます。

  まず、かつて 「当用漢字表」や 「当用漢字音訓表」などに よって おこなわれて いた、また、ワタシタチが 当面の 目標と して めざして いる 漢字制限は、私的な 文字使用まで 制限する ものでは ない、したがって、創作の 自由に まで ふみこむ ものでは ない、という ことを ハッキリ させて おきたいと おもいます。

  戦後の 国語改革の 一環と して おこなわれた 漢字制限は、あくまでも 一般社会での 漢字の 使用を 整理する ことに よって、国民 すべてが 不自由なく ヨミカキが できる 共通の 基盤を つくる ことが 目的 でした。 したがって、 私的な 文字使用に まで 干渉する ものでは なく、その 必要も なかったの です。 ですから、漢字制限が 本質的に 「表現の 自由」を おかす もので ある などと いうのは あたりません。

  また、当時 漢字制限は、新聞や 放送などの マスメディアを はじめ、一般社会も その 必要性を みとめ、クニの 国語政策に 協力しましたが、「当用漢字表」に ない 漢字を つかった コトバは、 漢字の カキカエ 〔編輯 → 編集〕 や コトバの イイカエ 〔塵埃 → ほこり〕、カナガキ 〔斡旋 → あっせん〕 などで あらわす ことが できましたから、言論や 報道の サマタゲには なりませんでした。 制限されたのは、表現の 内容では なく、ミカケで あったから です。 実際、たいした 混乱も おこらなかったの です。

  ただ、寄稿された 記事などでは、カキテが つかおうと した 漢字が 本人の 意に 反して、メディアの 判断で 別の 漢字や カナに かえられて しまう、と いう ことは ありました。 しかし、公共の メディアで 表現の ミカケが 自分の おもう とおりに ならないから と いって 「表現の 自由」を おかされた などと いえる でしょうか。 自由は、最大限に 尊重されるべき ものでは あります。 しかし、無条件の 自由など どこにも 存在しません。 「表現の 自由」は 精神的自由権の ヒトツ ですが、権利の 乱用が みとめられない ことは、いうまでも ありません。

  運転免許を とれば、自動車を 運転する 自由を えた ことに なります。 しかし、それは、交通法規の ワクの ナカでの 自由です。 公道で 制限速度を 無視して 暴走 すれば 交通違反と して 罰せられます。 ほかの 車両や 歩行者が 安全に 通行する 権利を おびやかす ことに なるから です。 道路は 個人の ものでは なく、社会の 共有財産 です。 社会の ルールに したがって つかわなければ なりません。 スピードを タンノウ したければ、サーキットなどを 利用すれば よいの です。

  コトバを 文字で つたえる メディアも、道路と おなじく、社会の 共有財産で あり、公共の 利益に かなった もので なければ なりません。 自分が おおくの 漢字を しって いるからと いって、 みだりに つかえば かならず 混乱を ひきおこします。 ヨミテが よめなければ、文字と しての ヤクワリを はたしません。 「知る 権利」を うばう ことに さえ なりえます。つかえる 文字を 制限するのは けしからん、などと いうのは、高性能の 自動車を もつ ドライバーが ほかの 通行者の 安全を かんがえずに、速度制限を 撤廃しろ、と いって いるのと おなじ こと です。 自由の ハキチガエと いう もの です。

  それでは、公共の 利益に かなった 日本語の 表記法と して メディアに のぞまれる ものは なに でしょうか。 それは、徹底した 漢字制限 です。 大多数の ヒトビトの 共通の コミュニケーションの 手段と しては、漢字を ゼロに する ことが 理想 ですが、一挙には できません。 当用漢字の カズは、1850字 でした。 数千もの 漢字を そこ まで 制限 できたの ですから、さらに へらして いけない はずが ありません。