「カナノヒカリ」 930ゴウ (2006ネン フユ)

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中国の小学校でおしえる漢字は3000字 --- だから?

〜 常用漢字を ふやしては ならない 〜

                                             キクチ カズヤ 


   
  現在、「文化審議会 国語分科会」 (「国語審議会」の 後身) に よって 「常用漢字表」の ミナオシが はじめられて います。 これは、コンピューターの 普及に より、漢字が かつて よりは あつかいやすく なった こと(ジツは、 能率の 問題が のこって いるの ですが) 、また、戦後 おこなわれた モロモロの 改革の 歴史的意義に ついての 認識が 国民の 意識から うすれつつ ある こと など を 背景と して、「漢字を ふやせ」 と いう コエが たかまりつつ ある ことに よると おもわれます。

  その ような 論客の なかに、「中国では、小学校で 3000字を おしえて いるの だから、日本でも 漢字表を 3000字 以上に せよ」 と 主張する ヒトが います。 中国では 小学生で すら 3000字を まなんで いるの だから、日本人も それぐらいの 漢字は つかえる ハズだ、と いうの でしょうか。 もし、本気で そう かんがえて いるの なら、とんでもない オモイチガイで あると いわざるを えません。

  日本も 中国も ともに 漢字を つかって いる 点では 共通性が ありますが、コトバにも モジの ツカイカタにも おおきな チガイが あります。

  第1に、日本には、カナと いう 便利な 表音文字が ありますが、中国には そのような ものは ありません。(ピンイン と よばれる ローマ字表記も ありますが、日常生活で つかわれて いる わけでは ありません。) 日本では、漢字を おおくは しらない 小学校低学年の コドモでも カナを つかって 自由に 文章を つづる ことが できます。 オトナも カナの 恩恵を うけて います。 むずかしい 漢字を つかわなくても カナで かけば 用は たります。 外来語も カタカナで カンタンに かきあらわす ことが できるの です。 中国語では こうは いきません。 ここに、中国では 小学校から おおくの 漢字を おしえなければ ならない 理由が あるの です。

  第2に、日本の 漢字も 一部 簡略化されては いますが、中国では より 簡略化が すすんで います。 例を あげれば、旧字体の「兒」「廣」は ソレゾレ、日本では「児」「広」ですが、中国では「儿」「广」です。 また、「衝」「醜」 は、 日本では、そのまま つかって いますが、中国では、「冲」「丑(字体は すこし ちがう)」と いう 字に おきかえて います。 ですから、単純に カズ だけで 比較する ことは できないの です。

  第3に、中国と 日本では、字の ヨミカタが ちがいます。 大変に ちがうの です。 これは 決定的に 重要な こと なので、くわしく みて みましょう。

  中国では、漢字の 約9ワリは ヨミカタが 1つしか ありません。 それに 対し、日本では ヨミカタが いくつも あります。 音ヨミと 訓ヨミが あり、さらに、ソレゾレが 複数 あるのが 普通 です。

  「生」と いう 字を 例に とって みましょう。

  中国では、この 漢字の ヨミカタは、「sheng」1つ だけ です

  日本では、つぎに 説明する ように、あまりにも タクサン あり、正確には かぞえきれません。(なお、例には、「常用漢字表」に ない ヨミや 字を ふくみます)

  @ 音ヨミでは、呉音の「しょう」と 漢音の「せい」 の フタトオリ。 訓ヨミでは、「い(きる・かす・ける)」「うぶ」「う(む・まれる)」「お(う)」「き」「なま」「な(る)」「は(える・やす)」と イクトオリもの ヨミカタを します。

  A オトが にごる バアイも あります。 「たんじょう(誕生)」「へいぜい(平生)」「めばえ(芽生え)」など。

  B 熟語では オクリガナを ふくんだ ヨミを する ことが あります。「いきがね(生金)」「いけがき(生垣)」「はえぎわ(生際)」など など。

  C 特殊な ヨミカタが あります。 「あいにく(生憎)」「しばふ(芝生)」「わせ(早生)」「おくて(晩生)」「やよい(弥生)」「きっすい(生粋)」など など。

  D 熟語の ヨミカタも ヒトトオリとは かぎりません。 「生得」は、「せいとく」とも 「しょうとく」とも よみます。 「生花」は、「せいか」とも「いけばなとも よみます。 「生絹」は、「せいけん」とも 「きぎぬ」 とも「すずし」とも よみます。 この ような ケースも いくらでも あります。

  E 人名に いたっては、まったくの カオス状態 です。 「羽生」と いう 姓は、「はぶ」とも 「はにゅう」 とも よみます。 「芳生」と いう ナは、「よしお」とは かぎりません。 「よしふ」と よむ ヒトも います。「よしき」「ほうせい」などと よむ ヒトが いても まったく フシギでは ありません。 人名に つかわれる ヨミ には、字典に のって いる ものだけ でも、「あり」「おき」「すすむ」「たか」「のう」「のり」「ふゆ」など おおくの ヨミカタが あります。 ナの ヨマセには 制限が ないので 無限の ヨミが ありえます。 本人か 関係者に きかない かぎり わかりません。

  F 地名では 「おごせ(越生)」「ちくぶ(竹生)」「ふっさ(福生)」などの「難読地名」は、いくらでも ある でしょう。 「石生」と かいて、「いそう」と よむ トコロも「いわなし」と よむ トコロも あります。

  第4に、漢字は 本来、中国語を かきあらわす ために うまれた モジ です から、日本語、とりわけ ヤマトコトバ(和語)を 漢字で かきあらわす ときにも、ヤッカイな ことが おこります。 これも、中国では おこりえない こと です。

  @ オクリガナの 問題が あります。 「うまれる」は、「生まれる」か「生れる」か それとも「生る」か。

  A 熟語の カキカタも ヒトトオリでは ありません。 「いきぼとけ」は「生仏」か「生き仏」か。 「いけばな」は「生花」か「生け花」か。 おまけに、「活花」「活け花」と いう カキカタも あります。

  B 「生かす」と「活かす」の ような 異字同訓の 問題も あります。 「うむ」は、「生む」とも「産む」とも かきます。 ほかに、「字む」「娩む」「養む」とも。 どう かきわけるのか。 このような 問題が、カズかぎりなく あるの です。

  このように 日本での 漢字の ツカイカタは、中国の それよりも はるかに 複雑なの です。 それゆえ、中国と 日本では、漢字を 習得する 負担が、まったく ちがうの です。 日本では、漢字を 習得するには、すくなくとも 中国よりも 数倍の 労力が 必要 でしょう。 中国の 小学生に とっての 3000字は、日本の 小学生には 数百字に 相当する ものと かんがえるのが 妥当 でしょう。 かつて、教育漢字は 881字 でした。 これには、教育現場の 教師たちの 経験が 反映されて いたの でしょう。

  「中国では、小学生で さえ 3000字を ならうの だから、日本でも、それ 以上」などと いうのは、 見当チガイも はなはだしい、短絡的な カンガエ だと いう ことは、ここまで ワタシが のべて きた ことで アキラカ でしょう。

  日本語ほど 複雑な 表記を する コトバは、世界中 どこを さがしても ありません。 漢字を 習得 するのに あまりにも おおくの 労力を ついやして いる のが 現状 です。 それにも かかわらず、現在の 常用漢字で さえ、それを 十分に 修得して いる ヒトは、けっして おおく ない ことは、各種の 調査で アキラカに なって います。

  現在の 常用漢字でも おおすぎるの です。 ふやす どころか、むしろ へらすべき です。 そして、アイマイな「漢字使用の メヤス」を しめすの では なく、かつての 当用漢字の 時代の ような 漢字制限を おこなう べきなの です。
  

  【オギナイ】 モチロン、もし かりに、おおくの 漢字を つかう ことに カケガエの ない 意義が あるの だと すれば、多少の 困難が あろうと、まなび、おしえる 必要が ある でしょう。 しかし、ワタシは むしろ、漢字は その 〈カズの おおさ、複雑さ による 修得の 困難さ〉の ほかにも、〈日本語を つかいにくい ものに した〉、〈日本語の 伝統を 破壊 した〉、〈日本語の 発達を さまたげた〉、など、欠点や 害を あまた 指摘する ことは できますが、漢字の 利点など なに 1つ ないと かんがえて います。 ここに くわしく 説明する 余裕は ありませんので、カナモジカイの ホームページ などを ゴラン ください。


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