「カナノヒカリ」 887ゴウ (1997ネン 3ガツ)

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改悪された『教育用音楽用語』の外来語表記

                                             キクチ カズヤ 


   
1 「ベートーベン」か 「ベートーヴェン」か
  オトトシは、ベートーベンが うまれて 225年メ、音楽界に デビューして 200年メに あたったため、これに ちなんで 展覧会、講演会、シンポジウム、演奏会などが もよおされ、また 映画「不滅の恋 ベートーヴェン」が 公開されたり、ベートーベンに 関する 本が 出版されたり しました。
  これらに ついては マスコミでも 報道されましたが、Beethovenの カナ表記を めぐって チグハグな ことが おきました。新聞などでは「ベートーベン」と 表記している ワケですが、映画や モヨオシの ナマエに「ベートーヴェン」が つかわれている バアイは、カッテに かえる ワケにも いかず、そのまま かきますから、ヒトツの 記事の ナカで フタトオリの 表記が まじって つかわれる と いう ことが しばしば おこったの です。
  これは みぐるしい ことですが、もっと こまるのは 発音です。「ヴェ」と かいて あるのを [ve]と 発音すると、キザに きこえるのでは ないか と 気に なり、[be]と 発音すると v音が 発音 できないように おもわれるのでは ないか と 気に なり、一体 どうした ものか と まようのです。これは ワタシだけでは ないと おもいます。この ように 表記も 発音も さだまって いない と いうのは のぞましい ことでは ないでしょう。
  外来語の 表記に ユレが ある とか、日本人に とっては むずかしい 発音が もちいられる と いうのは、マエからの ことで、オトナなら たいして 気に ならないかも しれませんが、うれうべき ことは、この 混乱が 教育の 場にも もちこまれて しまった ことです。それは、直接的には 文部省 初等中等教育局長の 通知「学校教育における外来語の取扱いについて」に よって もたらされたの ですが、その 一例として、『教育用音楽用語』の 改訂に ついて みて みたいと おもいます。

2 『教育用音楽用語』の 改訂に いたる 経過
  学校の 教科書で もちいられる 音楽用語の 表記は、原則として 文部省編『教育用音楽用語』に よる ことと されて いますが、これが、1994年に 16年ぶりに 改訂されました。そして 1996年度 以降に つかう 教科書から 順次、この 改訂版に そった 表記に あらためられる ことに なったの です。
  この 改訂版の 内容に ふれる マエに、ここに いたる 経過を ふりかえって みましょう。

  1991年、国語審議会は、1966年に 文部大臣から 諮問の あった「国語施策の改善の具体策について」の うち、「現代かなづかい」に 関連する 事項としての「外来語の表記」の 問題に ついて、審議の 結果を『外来語の表記』として とりまとめ、答申しました。これを、1954年に 国語審議会 部会報告として 発表された「外来語の表記について」(内閣告示には いたらなかった)と 比較すると、ツギの 点が ことなって います。
  (1)1954年の 報告では、対象に ふくまれて いなかった 人名・地名に ついても カナの モチイカタが しめされた。
  (2)1954年の 報告では、もちいない ことと されていた「デュ」および なるべく もちいない ことと されて いた「シェ、ジェ」「ティ、ディ」「ファ、フィ、フェ、フォ」が、「一般的に用いる仮名」(第1表)と された。
  (3)1954年の 報告では、もちいない ことと されて いた「トゥ、ドゥ」「テュ」「フュ」「ヴュ」、なるべく もちいない ことと されて いた「ウィ、ウェ、ウォ」「クァ、クィ、クェ、クォ」「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」、そして まったく ふれられて いなかった「イェ」「ツィ」が、「原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」(第2表)と された。
  この 答申に ついては、サマザマな 問題が 指摘され、批判されましたが、その オモな ものは ツギの ような 点でした。  
  (1)1954年の 報告で しめされて いた、外来語で あっても 現代の 国語で つかわれて いる 音の 範囲で かきあらわす べきで ある と いう、当然の カンガエカタが、すてられて しまった。その 結果、「ゼラチン」(「ジェラティン」で なく)の ように 国語として 同化した 語形こそ 本則と されるべきで あるにも かかわらず、反対に「慣用」として 例外アツカイ されて いる。
  (2)外国語を 国語化する ヨリドコロを しめすべきで あるのに、タンなる 現状追認に おわって いる。したがって、サマザマな 語形の うち どれを もちいるべきかを アキラカに して おらず、かえって 語形の ユレを ひろげかねない。
  (3)「『チェ』は、外来音チェに対応する仮名である」の ような 表現が なされて いるが、これでは その 外来音が どの ような もので あるかが わからない。
  (4)「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」を「外来音」で ある として いるが、実際には それほど つかわれて おらず、「外国語音」と みなすべきで ある。また、このような 表記を すれば、発音との ズレが おきる ことに なる。
  (5)「原音、原づづりになるべく近く」と いうが、これは どの 外国語から とりいれるかに よって ちがって くる バアイが ある。など。
  しかし、結局 政府は この 答申の 内容の まま 1991年6月28日、内閣告示 第2号を もって「外来語の表記」を 告示しました。

  ところで、この 答申の 前文には、「この『外来語の表記』は、…… 現代の一般の社会生活における「外来語の表記」のよりどころを示したものである。学校教育においては、この趣旨を考慮して適切な取扱いをすることが望ましい」と かかれて います。これを うけて、文部省では、「学校教育における外来語及び音訓の取扱いに関する調査研究協力者会議」を もうけ、検討した 結果を「外来語の表記」の 告示と 同時に 文部省 初等中等教育局長の 通知「学校教育における外来語の取扱いについて」として だしました。
  これに よって、外来語の 指導の 範囲が 小学校では、第1表(「一般的に用いる仮名」)、中学校と 高等学校では 第1表 および 第2表(「原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」)と される ことに なりました。 
  この 通知が でた ことを おおきな 理由の ヒトツとして、『教育用音楽用語』が 改訂される ことに なった ワケです。

3 『教育用音楽用語』に もちこまれた「原音」
  今回の 改訂の うち、外来語表記(人名を ふくむ)に 関する もっとも 特色の ある 点は、マエの 版では「バ、ビ、ブ、ベ、ボ」で 統一されて いた v音の 表記が 中学校・高等学校では「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」で 表記される ことに なった ことです。小学校の 教科書では「バイオリン」「ベートーべン」、中学校・高等学校の 教科書では「ヴァイオリン」「ベートーヴェン」と フタトオリの 表記が もちいられる ことに なって しまいました。
  これは、ただ 通知「学校教育における外来語の取扱いについて」に したがったまで とは いえません。なぜなら、これは 第2表の カナを もちいる ことを 強制した ものでは ないからです。実際、地名に ついては 財団法人 教科書研究センターが 1994年に 改訂した『新地名表記の手引き』に、「原則として「ヴァ」「ヴィ」「ヴ」「ヴェ」「ヴォ」の音は、「バ」「ビ」「ブ」「ベ」「ボ」と書く。」「片仮名書きの表記は、原則として、小学校・中学校・高等学校を通じて一定する。」と 明記されて います。
  『教育用音楽用語』の 今回の 版の 付録と して のって いる 解説 文部省 初等中等教育局 教科書調査官 丸山忠璋氏の「「教育用音楽用語」 ―― 歴史と今回の改訂の特色 ――」に よると、「音楽関係者の間には、「ヴ」の使用に強い要望があった」と かかれて います。
  その 理由として「今日では、外国の歌を原語でうたう機会も多く、そのような指導においてはできるだけ原音に近い書き表し方が必要となります。これまでですと、例えば、表記が「アベ・マリア」と書かれているために、発音でV音を発音させることがたいへんむずかしいことがありました。」と いうのですが、まったく 説得力が ありません。
  「ヴ」を つかえば タシカに v音と b音との 区別は つくでしょうが、r音と l音との 区別は どう するのでしょうか? s音と θ音(英語の th)の 区別は? f音と x音(ドイツ語の ch)、h音の 区別は? ……… 比較的 日本人に 発音しやすいと いわれる イタリア語でさえ、カナでは あらわせない 音は イクツも あります。それを なぜ v音と b音の 区別だけを カナで しめさなければ ならないの でしょうか。(「ヴ」と いう 字は 福沢諭吉が 外国語の 音を おしえる ために つくった 字と いわれて います。v音のみが カナで かきあらわされる ことが あるのは、たまたま そういう 字が かんがえだされた と いうだけで なんの 必然性も ないのです。)それに、原語で うたわせるなら 原語を よませるに きまって います。カナの 表記が どう なって いようと 関係ない ハズです。
  「バイオリン/ヴァイオリン」の 原語は 英語の「violin」ですが、もっと さかのぼると、イタリア語の「violino」から きて います。それを 英語では 英語風に「なまって」発音して いるのです。それは ホカの 言語でも おなじで、たとえば スペイン語でも 語形は「violin」ですが、スペイン語の「v」の 音は b音 ですので 発音は[bjolin]と なります。スペイン語と おなじく v音を もたない 日本語でも b音を つかって「バイオリン」と するのは シゼンな ことです。
  「ベートーヴェン」も おかしい。Beethoven は ドイツ人ですから、現地の 音に ちかづける と いうのなら「ベートホーフェン」とでも しなければ ならないでしょう。
  タシカに、とりわけ クラシック音楽界では「ヴ」が 一般的に つかわれて いますから、音楽関係者から 要望が あっても フシギでは ありません。しかし それは 普段 自分タチが みなれて いる 表記だから と いう ことでしょう。「ヴ」を つかわなければ ならない 合理的な 理由は いくら かんがえても みあたりません。

  今回の 改訂に よる 変更は「ヴ」を もちいた ことだけでは ありません。いくつか カンタンに ふれて おきましょう。
  (1)「グラチオーソ」が「グラツィオーソ」に
  これは、「ヴ」と おなじく 「ツィ」が「外来語の表記」の 第2表に とりいれられた ことに よるのでしょう。
  (2)「コレルリ」が「コレッリ」に
  これも、 原音に なるべく ちかく と いう カンガエカタに よるのでしょうが、日本語では ラ行音の マエに ツマル音が くる ことは ありませんから 大変 発音しにくい ものに なりました。
  (3)「メゾ・フォルテ」が「メッゾ・フォルテ」に
  ツマル音が おおいのは イタリア語の 特長です。イタリア語は 音楽の 世界では 国際的に つかわれて いますから、日本語でも イタリア語から とりいれるのは 自然でしょうが、イタリア語 独特の クセまで とりいれるのは どんな ものかな と おもいます。
  (4)「ピチカート」が「ピッツィカート〈ピチカート〉」に
  〈 〉で しめされて いるのは 小学校で おしえられる 表記です。「ピッツィカート」では 小学生には あまりにも むずかしい と いう「配慮」なのでしょう。小学校と 中学校・高等学校で 表記が ことなって しまった もう ヒトツの 例です。
  (5)「ワーグナー」が「ワーグナー(ヴァーグナー)」に
  ( )で しめされて いるのは「現地の音に近い」表記で、どちらも みとめる と いう ことです。「ワーグナー」と 表記する 慣用が ネづよいために とりあえず 両方の カキカタを しめした もので、ツギの 改訂では、慣用の 方を 否定して「ヴァーグナー」にかえたい と いう ことでしょう。

4 今回の 改訂の「成果」
  以上 みて きたように 今回の 改訂とは、原音に ちかづける ことを おおきな 目的と した ものでした。
  しかし その ために、
(1)外来語も 国語で ある と いう ことを かんがえず、国語として なじまない 音を もちこんで しまった。
(2)慣用が さだまって いる 表記さえ 否定しようと する もので、混乱を ひこおこす ことが 予想される。
(3)小学校と 中学校・高等学校では ことなった 表記を する と いう 不合理を もたらした。 
と いう おおきな 代償を はらったのです。
  しかも、そうまで して きめた あたらしい 表記と いえば、ウエに かいたように、せいぜい v音と b音の 区別ぐらいしか できない ものなのです。
  これでは、おしえる ガワも おしえにくく なっただけ でしょうし、おしえられる ガワの ためにも ならないでしょう。付録の 解説には「(両方の書き表し方を併記した)ことによって音楽の学習につまずく者が出ないことを願うばかりです。」と ありますが、この ような 心配を せざるを えなく した 今回の 外来語表記の「改訂」とは、残念ながら「改悪」で あった と いわざるを えないようです。

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