山下芳太郎『国字改良論』

〈トップページ〉へ   〈「カナモジカイ」および「国語国字問題資料」〉へ


◇山下芳太郎:1871〜1923 仮名文字協会(現在の財団法人カナモジカイ)の創立者
◇『国字改良論』:1920年(大正9年)11月5日初版発行

・旧字体の漢字は新字体に改めた。
・かなづかいは「現代仮名遣い」に改めた。
・ふりがなは( )内に示した。
・特殊な字体は通常の字体で示し、〔 〕内に説明を加えた。
・明らかな誤植は訂正した。
・「文例」は割愛した。


〔序文〕
国字改良の必要
仮名文字のニ条件
ニ条件の理由
反対論に対して
仮名文字協会設立趣意書


 国字改良論〔序文〕

我々が文章を書くに当り漢字を用うるが為め我が国運の進歩が直接間接に阻害せらるゝことは実に想像以上に多大である。
何とかして之を改めたいとは維新以来人々の唱うる処だが兎角一長一短未だ世人を満足せしむ案が出ない。これは実に我国維新の大改革に取り残されたる一大事業であると同時に、是非吾人は我子孫のために成就せざる可からざる処のものである。
私は将来我国字となり得べきものは片仮名の外に無いと思うから、その活字を作って之を印刷に附し、此の如き片仮名が果して将来我国の国字となり得るか得ないかの批判を識者に願いたいのである。

このページの初めにもどる


◎国字改良の必要

先ず話の順序として何故に我々は現今使用せる漢字を廃して他の文字を用いざる可からざるかを少々計り説明したいと思う。
第一、教育完成の為め。我国に於て児童は素より、中学大学の課程にある青年に至るまで、文字の為にどれ程多くの時間と脳力とを徒消するかは既に定論のある処である。普通の新聞論説が読めたり普通の文章を書いたりするには日本人は少くもニ三千の漢字を知らねばならない。漢字は清の康煕字典には三万九千七百五十三字あって補遺が七千四百六十三字ある。ジャイルス氏の華英辞書は現代の通用漢字丈けを網羅する主旨で作ったものであるが、其総字数は一万三千八百四十八字ある。仝氏の説に従えば、此中六千計りの漢字は新聞の発行に必要がある。また東京の大活版所に備えてある漢字は九千五百字程ある。第一議会から第廿五議会までの本会議及委員会速記録による衆議院事務局の漢字調では合計四千五十二字ある。種々の統計を総合してニ三千は日本人として知らねばならぬ文字の最小限、普通教育ありと云われる者で少くも四五千を知る必要がある。然し之れは楷書丈けに就いて言う事で、此外に尚、行書、草書がある。活版用の楷書を知った丈けでは巻紙用の字体の往復文は読めぬ。此等違った書き方の文字を別々に計算すると漢字の数は其何割かを増す訳である。
而して此数千の文字が皆発音と別々で一致しないから、文字の形と意味とを知った丈けでは音読は出来ない。又言葉では言い得ても文字の形を明瞭に思い出せないで、書く事が出来ず実際に当って困る場合の多いのは誰しも皆経験する処である。
故に日本の児童は読み書きの為めに頭を使い教練の時間を消費する事、実に夥しきものである。
元来文字は之を美術として弄ぶのは別として、其本体は筆者と読者との間に意思を通ずるが為めの仲継たるに過ぎぬ。此仲継を習得する事それ自身が非常の大仕事である為めに、遂には教育と読み書きとが混同せられて、読み書きの出来る者は既に教育のある者と云う様な感念を人々が持つ事となる。音楽会の入場切符を手に入れたと云うことと、音楽会を聞きに行ったと云う事とは、其間に大なる差違があるが、日本や支那には読み書きが即ち教育であると云う誤った思想が広く一般に浸み込んで居る。
其結果はどうであるか。所謂隠士即ち読んだり書いたりのみして居る者が高尚なる人間に見えて、其智徳を実地に応用する者は却って俗人と云われることゝなって来る。此等も其弊害の一つである。
更に最も恐るべきは、此日進月歩の世の中に於て、智識を伝える手段に過ぎざる文字の為めに、青年の教育時期中に数多の時と脳力を費やしめ、真の智識其者を得る事がそれ丈け後れるのは、我国民の教育上容易ならざる大欠点と云わざるを得ぬ。
青年期に於ける文字の習得に要する時間は到底精密に計算し得ざるものであるが、学童の二年分位に掛け合うという説がある。或は然らんと思われる.
第二、国力振興の為め。我国が世界強国の一つとして活動するには国力を増さねばならぬ。国力を増すには国富を大にせねばならぬ。国富を大にするには商業や工業を盛んにせねばならぬ。
然るに、我国は其の振興に必要なる石炭や鉄の欠乏に於て他国に比し不利益の地位に立って居るが、更に之に劣らざる弱点は、文明の大利器なる印字器(タイプライター)や「モノタイプ」などを充分に使用し得ざる事である。此れに就いて私は大正三年六月『国字の改良に就て』と題し、東京時事新報紙上に論じたる内に述べた事がある。或る有力なる外国実業家が我国の観察を遂げ、将にに帰国の途に就かんとするに際し、語って云うには、

欧米の実業界が今日の如く活動するに到った一大原因は、印字器の利用にある。若し暫時にても欧米より其印字器を取り去らば、其電話を止め電信を廃したると同様、実業界の活動は俄かに停止する外はない。現今欧米の商店工場に於て、一理事者が作成する書類は、日々少くも数十通を下らず、多きは数百通に及ぶが、之は理事者の発する言葉が、印字者の指頭に依りて、立所に文書に印刷せられるがためである。此の如き盛況は欧米に於ても数十年前には夢にも考えざりし所であるが今日日本に於ける文書作成の状況は数十年前に比して異なる処がない。之れ日本の国字が数多くして、此種の器械に利用せらるるを許さない為めであろう。斯の如くにして尚今後文字の改良せらるゝことがなければ、将来日本が実業に於て欧米と覇を争う事の出来ざるは、疑を容れない所である。

之れは数年前の話である。其後日本には巧妙なる印字器の発明があって、幾分欠点を補い得るに到ったけれども、何千と云う文字を拾って印刷する事であるから、如何に熟練せる印字者でも、そう早くは出来ない。然るに外国の印字者は眼を原稿に止めた侭、少しも印字器の方へ視線を転ぜずして、同時に十本の指を尽く働かせ、一分間に普通英語の六七十語、即ち二百乃至三百字(一語平均四字)を印刷し得るが故に、日本の印字器が如何に改良せらるゝも、原稿と器械とを交互に見較べつゝ、ニ三千の活字中より所要の文字を拾い打つ速力に比較すれば、其遅速の差は殆ど問題にならないのである。
こんな事では、我競争者が電話を使用しつゝある際に、我は単に飛脚によって手紙を送る様なもので、到底競争にならない。実際上に於ける勝敗は問わずして明らかではあるまいか。
印字器は単に実業に用いらるゝのみでない。学者にも政治家にも又其他の人々の為めにも最も効能の多きものである。調査材料が之を脳裏に詰め込み貯え得る程度ならば別に差支はないが、其材料が多くなって記録(ノート)を取らねばならぬ様になって来ると、ペンや筆を以って一々之を書き取るのでは間に合わない。印字器を用いて即時に且つ速に記録を取り得る事が必要となって来る。私の知れる外国の学者は常に机の側に印字器を備え置き、切り抜きを為し得ざる文書に遭遇すると、印字器により自身即座に写し取って後日の参考資料とする。其速さは専門の印字者同様で、恰も米人が足の代りに自動車を用い、運転手に依頼せず自身自由に之を乗り廻はして用を達するが如きものである。吾人も足に代うるに自動車、筆に代うるに印字器を用いて、初めて欧米と対等の競争を為し得るのである。
我国民が現今漢字を用うる為めに、日常欧米人に比し如何程の時間を余分に費やして居るかは、深く此事に注意して見る人で無ければ気が附くまい。外国に旅行して最も著しく感ずるのは文書作成の速やかに出来る事である。私が或る人に面会して用件の話が纏った時に、直ぐ之を書面に認めて置きたい事があった。すると僅かに十分の時間も経ぬ間に、数枚に亘る書面が数通出来て、双方単に之に署名する計りになって机上に出されたことがあった。又依頼した紹介状を五六分の間に作って手渡しされたは毎度のことである。此等は我国に於ける手紙の作成が如何に面倒で手数がかゝるかを常に経験している我々には、実に非常の印象を与える事柄で、丁度田舎者が文明の都会へ出て電信や電話の便利なるに驚く様なものである。
斯の如き文書作成の便利は、どうしても形象文字を用うる国民には不可能であって、音譜文字を用うる国民にして始めて為し得らるゝことである。
今此仮名文字の印字器を作り之を使用するとして、英語と同様の熟練を得たならば一分時間にニ三百字は打てる。濁音等は二度に打つものとして計算しても、漢字仮名交り一行十八字詰めに相当する文を一分時間に十行前後謄写し得る。これは落付きたる態度でする演説と凡そ同速力であるから、速記によらずして直ちに其演説を印刷し得る訳である。印字器の効能亦著大なりと云わざるを得ない。
此の外、細かに論ずれば、我国字の改良は或は社会救済の為に、或は国語拡張の為に或は世界交通の為など、尚数多く挙ぐることが出来るのであるが、此処では是を略する。

このページの初めにもどる


◎仮名文字のニ条件

前章に陳べたる所は、仮名論者も「ローマ」字論者も共々に唱うる議論であるが、然らばその実行方法として改良文字にはローマ字がよきか、又は仮名文字が勝れるかと云う実際論を考えねばならぬが、之に先ち、私の仮名文字には如何なる点に注意を払っているかを説明したいと思う。
私が大正三年六月に我国字の改良案を発表した時に作った仮名文字は、初めての試みのこととて不完全であったから、其後更に之を書き改めたり、又改鋳して活字を作って見たけれどもなかなか満足でなかった。元来日本の片仮名は縦にならべる様に出来ているものであるのに、今之を横にならべ様とするのであるから、之に大なる工夫を要するのは当然のことゝ思う。英仏の文字を見ても、昔の活字より現今の活字の方がよほど奇麗であるのは、年代を経ると共に次第次第に字体が改良を加えられて進歩し来った為である。故に日本の仮名を横ならびの活字にするにも、亦大なる工夫と歳月を要するは論を待たぬ訳である。
それで之は是非第一に意匠専門の人の手をわずらわさなければならぬと思い、大正五年の夏京都高等工芸学校出身の俊才平尾善治氏に相談した所が、氏は大に此の目的に賛同し、字体の研究を引き受けられた。此時字体について私が提出した条件が二つあった。それは第一、横並べの片仮名の字体は、如何に之を工夫するにしても、誰が見ても直ちに之を読み得る程度でなければならぬ。現在の字体より懸け離れた形を作ってはいかぬ。第二、片仮名を横に並べたる時に、其文字が互いに密着して一語ずつ一つの形をなし、ある見覚えある語形を作らねばならぬ。文字が結合せぬと、一見仮名の豆を蒔きたる如くにして、何時も一字ずつ拾い読みをなす事となる。斯くの如くでは文字たるの資格をはずれる。文字が密着すること恰も元素が数箇集まって化合し、一つの新物体を形づくる様にならねばならぬと、この二つの条件を出したのであった。
それ以来平尾氏は熱心に研究を重ねて呉れた。私は氏の原稿を右のニ原則に照して種々注文した。斯くして氏は度々書き改め、工夫に工夫を重ね、大正五年より大正八年に至るまで数え切れぬ程書いて、漸く出来上ったものが今回印刷した字体である。私の出した第一の条件は字体の変更を許さぬから、此活字は研究を積みたるに拘らず、一見頗る平凡であるが、実は平凡な丈私の目的に適うので、又苦心も多かったのである。中に今尚多少平凡ならざる字が残って居るのが却って私の心掛りで、氏も亦此上一層研き上げ度いと思って居る。又中には原稿はよく出来て居ても、之を活字に改める際に、多少形の崩れたのや大小不揃となったのがある。之等も皆後日更に改良する積りである。

このページの初めにもどる


◎ニ条件の理由

右に述べた改良国字の具備すべきニ条件は私の主張の骨子であって、之には大なる根拠がある。而して此根本の道理より考うると、ローマ字が仮名文字に及ばない事が頗る明瞭となるから、少し冗長に失するけれども、次に之を陳べて見る。一般読者は読まれなくても良いが、ローマ字論者丈けは殊に此論点に注意してもらいたい。

 第一、進化的即漸進的の改革にあらざれば国字の改良は不可能である。
現今世界にある千差万別の生命は一見別々の物の様であるけれども、ダーヴヰンによって始めて説明せられた如く、此等は何れも皆突然と別々に異様のものが世界に生れ出たるに非ずして、原始的の簡単なる生物より、次第次第に一定の順序を経て変化し来ったものたる事は、最早多くの疑いを容れない処である。即ち生物界には木に竹を継いだる如き革命的変化は無くして、皆漸進的変遷を積み重ねて来たものである。人間が或は亜細亜人種となり白晢人種となれるも亦此順序によりたるもので、今の日本人が急に色が白くなったり鼻が高くなったりして白晢人に変化する様な事は望まれない。之と同様に国家を組織する処の社会も亦同一の理法に支配されるもので、我国の如き数千万の国民が集って有力なる一国を為している此国家は、進化の道程を経て来たりたる一つの単位であって此単位が破壊せられるときは即ち日本民族の破滅離散である故に此単位は如何なる事あるも日本人としては破壊す可からざるものである。
扨斯の如き国家に、其組織上絶対に無くてはならないものは何であるか、即ち社会を組織する個人と個人とを連結して、之を一団となす処の鎖は何であるかと云うに、或は其の社会の歴史人情国体なども勿論其一である。なれども此等よりも更に原始的で、何れの社会にも共通に必ず無くてはならぬものは、個人と個人の意思を通ずる言葉である。
若し人間に言葉が無かったなら人間の集団は動物の集団と撰ぶ処はないのである。人間の体内に神経があって各部分が連絡せられ始めて一つの生物となり得る如く、人間の集団中に其思想を通ずる言葉があって、人間は組織ある社会を作り得るのである。
言葉は原始的には、単に口から空気の振動によって耳に伝わったものであるが、文字の発明以来、言葉が亦手より紙や筆を通して眼に伝る事となった。而して印刷術の発明と其進歩に連れて、文字は次第次第に必要の程度を増加し、現今に到っては、印刷物による思想の伝達が、声音による伝達よりも更に有力となった位である。
人間は、手を切っても人間たり得る。足が無くても人間たり得るが、神経を取り換うることは出来ない。之と同様に社会も其一部を切り離す事は出来るが、其言葉や文字を取り換うる事は出来ない。之を取り換うるは其社会を殺すと同一である。英吉利が印度に英語を普及せしめんとしているけれど土語は決して廃らぬ。斯の如きは其人民を全然離散せしめざる以上は、如何なる征服者の力を以ってしても、成功し得ざるものである。況や自主独立二千有余年の尊き歴史を有する我日本国民が、自ら思い立って自身の神経系統たる言葉や文字を他国のものに改めることは男が女にならんとするよりも困難である。
然らば一国の言語や文字は変化しないかと云うに、大いに然らず。常に変遷して居る。何れの国でも古文書を見れば殆ど他国のものかと思われる程のものがあるのは、其変遷する何よりの証拠である。然しこれは丁度魚が進化して鳥となり、獣が進化して人間となるようなもので、漸を追うて変遷したもので、一足飛びに改まったものでない。
即ち一言にして云えば言語や文字は木に竹を継ぐ様な革命的の変化は不可能であるが、魚が次第に人間になる様な漸進的変遷は出来得るものである。
文字の改良を論ずる人は、此の点を良く了解しないと大なる誤りに陥る。此処が政治や教育などの改良と異なる所以であって、文字の改良が維新の改革と共に出来得ざりしも蓋し当然の事である。
私が文字改良に仮名文字を撰び一点一画も字体を改めなかったのは、即ち此の変化が漸進的ならざる可からざるを認めるが為めである。若し革命的変化が可能なるならば随分仮名よりももっと合理的にして便利なる文字を作って之を主張し得たであろう。又ローマ字を持って来る事も不可能ではあるまいが。以上述べた道理を能く考えると、新字を作ったり,又ローマ字論を唱えて居る人々の間違が明瞭になって来る。ローマ字と日本々来の文字とは全く其系統を異にして居るから、日本の文字をローマ字に改めんとするは文字の革命であって、漸進的変遷でない。故に実行不可能なりと断言し得る次第である。
理屈は別として、単に実行の方面より考えて見ても亦ローマ字実行の困難なる事が分かる。仮にローマ字の使用を奨励して、国民の半数が之を読み得るに至ったとしてもどうして之が日常の手紙や政府の布令などに用いられ得るか。今日に於てもローマ字を知れる人は随分多数にあるけれども、此等の仲間に於てすら、ローマ字で文書の往復をして居る人は実に九牛の一毛であろう。況や今後何年経ってもローマ字を読むに困難を感ずる田夫野人は必ず沢山にある。此等に対し如何にしてローマ字を強制し得るか。新聞雑誌などは、特種のものを除く外、一枚一冊でも余計に売らんとして居る営業品であるが、此等は如何なる時期に達すれば漢字や仮名を廃めて、ローマ字で発行する様になる見込があるか、私は其見込の絶無なるを感ぜざるを得ず、又其絶無なるが道理上当然であると思うのである。
文字の改良が斯く困難なるものならば、仮名文字を主張するのも亦徒労では無いかとの疑問が生ずるのは自然である。
然しローマ字と仮名との間には大なる差違のある事を忘れてはならぬ。ローマ字は我国には新しき異種類の文字であるが、仮名は之に反し我国固有の文字で、深き根底を有し、教育あるも無きも凡そ我日本人たる者は、新附の民を除き、之の読めない者は一人も無いのである。日本国固有の文字であって誰でも読めると云う事は即ち之を基礎として、将来此の上に進化的変更を加え得る可能性のある事を意味する。而して縦て書きを横書きにする位の事は、既に学生間に行われて居る習慣で、新しき改革とは言えない。
此の如く仮名とローマ字との差は天地も啻ならず、実に可能と不可能との距離が両者の間にある事となる。私が此の仮名文字を作るに当って出来得る丈け字体の変化を避け教習を用いずして日本国人誰にでも読める様にと苦心したのも亦実に此根本の原則を重大視する為めである。唯遺憾ながら次に説く第二の条件の為めに、変化の大きに過ぎた字がニ三出来たのは、私自身も不満足に思うて居る処で、此等は今後尚研究したいのである。

 第二、文字は語形を作り得ねばならぬ。
如何に音譜文字と云うても、一々拾い読みをせざれば意味が通ぜざる様では、文字たるの資格を欠いで居る。東西両洋何れの国の文字でも、進歩したる文字ならば、必ず一語ずつ全体に於て見覚え得る語形を作って居る。之は音譜文字でも形象文字でも同様であって、然らざるものは到底日常の用を達するに足らぬ。例えばboyと云えばbとoとyでない、慣れて仕舞えばboyと云う語が一の纏った形を為して吾々の眼に映ずるのである。之は漢字でも同様で、其の一点一画が別々に眼に映るにあらずして、『家』とか『国』とか一の語形を為したるのが顕われるのである。
然るに我国の仮名書きに到っては、平仮名でも片仮名でも、随分昔しから存在して居りながら纏った語形を為さず、何時迄もバラ々々になって、拾い読みを為すの必要があった為に、今日に到る迄遂に発達するを得なかったのである。之を動物に譬えて云えば、従来の仮名は単細胞動物で英仏等の文字は早くより複細胞動物となったものである。故に後者は魚より獣類、獣類より更に人間と、次第々々に進化し得たが、前者は何時迄も最下等動物たる範囲を脱し得なかったのである。明治の初年に出来た仮名の会が発達し得ざりしも、亦此根本的の欠陥に気が附かなかった為めである。
右の点は文字としては最も必要なる条件であるから、私の主張する片仮名の字形には苦心を要するのである。私が初に作った活字で印刷して見ると字が充分に結合せず、一語々々が纏った形とならない。茲が即ち平尾氏の工夫を凝らせる所であって各字が夫々特種の形状を為し、或は上に出て又は下に屈りて語形の単調を破り、且総べての文字が如何なる文字と組み合わされても、良く左右に結合する様になさんとすると同時に、新字が原字形と余り距らぬ様に、即ち読み易き様にと云う第一の要件を尊重して出来たものである。
見覚えのある語形を為す程度について、片仮名文字とローマ字とを比較して見ると、次の如き優劣がある。
ローマ字は之を以って英仏等の語を綴るときは、実に見事なる成績を発揮するが、之を用いて日本語を綴ると頗る大なる欠点を顕わす。夫れは日本語の音は殆ど皆子音と母音とを合わせたるもので、子音のみ重ねる場合が少ない。即ちaeiouの五字は殆ど一字置きに重複して用いられねばならぬ。例えば、『片仮名』Katakanaにはaが八字の中に四字ある。『あなた』Anataには五字中三字ある。仮名文字の文例として挙げたる文章をローマ字にて綴れば母音と子音は左の通りである。

    a e i o u 母音合計 子音合計  
門 出 182 73 126 125 61 567 584  
死と限りなき命 177 86 189 138 88 678 681  
富士山 87 35 58 77 44 301 288  
軍艦より 198 81 172 169 82 702 687  
肉 弾 170 60 151 128 67 576 595  
文字の教 72 28 62 63 40 265 279  
熊 野 18 13 12 25 11 79 81  
山内一豊 209 74 136 179 71 669 665  
合 計  1,113  450  904  906  464 3,837 3,860  7,697
子音百に対する
母音の数
29 11 24 24 12 100 100     

之を英語に於ける母音の使用度数に比較すると左の如くである。

  a e i o u 母音 子音 合計
シエキスピア 百分中 9 13 6 7 5 40 60 100
エマーソン 8 13 9  7  2  39  61  100
ヂッキンス 8  12  8 7 2 37 63 100
リットン 9 13 7 7 3 39 61 100
平 均 8.5 13  7.5 7 3 39 61 100
子音百に対する母音数 14   21 12  11   5   63  100  

即ち百の子音に対しローマ字ではaが殆ど其三割を占めて居り、io共に各二割四分ある、uも亦英語の二倍以上ある、唯eのみ英語の半分しかない、即ち母音の総数は英語では子音の六割三分あるものがローマ字では十割となる計算であるから一見紛らわしき綴字の出来るのは当然である。
然るに一方片仮名は五十音尽くが異なった形を有して居る、故に之を適当に配列すれば、自ずから見覚えある語形を為すのである。
以上は片仮名とローマ字との比較であるが、次に考う可きは平仮名との優劣である。平仮名は漢字の草書体が音符文字に変化したもの、亦片仮名は其楷書体の一片が音符文字に成ったもので、此の二つは昔より相並んで我国に用いられて居るから私の第一条件に対しては双方全く同じ資格である、故に次に比較すべきは第二の条件即ち何れが語形を満足に作り得るかである。
平仮名を横に並べて語形を作ることは殆んど不可能と云うてもよい、之は論よりも証拠実験して見れば直ちに分かる、其理由は、
第一、平仮名の中で偏と作りを結合せる形を具えたるものは、夫れで既に纏った一形状をなして居るから此上更に他の字と結合し難い、之は恰も化合した元素が他の元素と化合し難い様なものである。
第二、平仮名は元来草書で其字画は已に出来得る丈省略してあるから字体を変えずして画を改め之を左右に連絡せしむるは頗る困難である。
第三、字画が片仮名よりも複雑であるから集約的に纏った語形を成し難い。
以上の理由で平仮名の横書きが出来ぬとすれば之を縦書にするより外はない、然るに縦に並べる事は昔より我国に行われた方法で若し此方法によって見覚えある語形が出来るものならば疾くより其発達を遂げた筈であるが、然うでないのは事実不可能なるが為めである、其理由はと云うと、第一、各文字の輪廓を作る曲線の具合が如何にも良く揃い過ぎて居って語形の単調を破り得るものが少く、第二、行の左右に出る運筆が有っても之は重に筆勢に因るもので之に見覚えが出来る程、確定的な特徴を帯ばしめ得ないことなどが、其重なるもので平仮名の続け書きは随分昔から研究されたが、此等の理由や前に横書きに対して述べた第三の理由などの為め到底見覚えある語形が出来ぬから其研究は自然に実用を遠ざかって美術的方面に向って進められ、書く人は美術的趣味を尊重して成る可く見覚えある文字が繰反されない様にと反対に苦心して態と同じ文字を色々と変化さして書く様になった、短冊や色紙に書く和歌などは其著しい例である。
以上の理由に依り私は将来日本の文字と成り得るものは片仮名の外に無いと思う。此の片仮名は立派な音符文字であって之を横に並べさえすれば見覚えのある語形を成し得るから此仮名文字は仮令現今直ちに賛成する人が少なくとも将来吾人が音符文字を欲する以上採らざるを得ぬ唯一の道であると思われる。
若し亦斯の如き方法あるに拘らず、我国が将来永久に漢字の羇絆を脱し得ないならば、我国の進運は残念ながら最早多きを望まれない。何となれば、世界の文化の進歩は此の上限りが無い、而して夫れが進めば進む程、将来の我国民は思想の伝達上愈々重き首枷を負わされて、遂に落伍者たらざるを得ないが為めである。

このページの初めにもどる


◎反対論に対して

以上は私の主張する要点であるが、尚此仮名文字に対し起り得べき反対論につき予め弁明して置きたいと思う。

 第一、仮名文字は書きにくいと云う事。
私の仮名文字は印刷しては良いかも知れぬが、筆やペンを以っては書きにくいと云う非難はあることゝ思う。私も此事は知って居る。一体文字は続け書きを為し得るのでなければ早くは書けない。一画毎にペンを紙より離す様ではいけない。故に仮名文字も亦之を草書又は行書にして続け書きを為すの必要があるのは勿論のことで、将来斯くあるべきである。然し現在の侭の印刷体の仮名でも之を漢字の楷書に較べて見れば必ずしも書き悪いと云う事はない。否却って一々字画を考え出す手間を要せず、発音の侭並べて書けばよいから書き易いのである。又之をローマ字の楷書(印刷体)に較べても同様で、少しも劣っては居らない。而して漢字にしてもローマ字にしても、印刷体の文字を其侭行書に書き得るのではない。漢字に於て楷書と行書の間には非常に大なる差がある。多くの場合には楷書と草書とは全く別字であると云うてもよい。又ローマ字でも同様で、aとa〔筆記体〕、fとf〔筆記体〕、gとg〔筆記体〕の如く、其根本は同じでも、書き方は非常に違って居る。故に仮名文字でも、漢字やローマ字と同程度に違った書き方をして続け書きを為さんと思わば容易に出来るのである。現に私は大正三年に時事新報紙上に草体の書き方迄も掲載して大方の批評を請うたのである。然し其後考うるに、今は之を主張すべき時でない。印刷体の仮名文字が広く行わるゝに至らば、筆記用の行書体は自然に出来て来る。然るに楷書体さえも未だ行われざる時に、早くも行書体や草書体を説くのは、恰も動物か魚類の程度にか進んで居らない時に、四足獣や高等猿類の形態を論ずる様なもので、之に達するには階段を踏まねばならぬ。一足飛びに二階へ上がらんとするは本論に述べた文字の進化の経路に背むくものである。故に私は国字改良の始めに当っては、我国民は楷書の字体のみを以って満足して貰いたいのである。之が一般に行わるゝに至って後、aをa〔筆記体〕に、bをb〔筆記体〕に改むる様に、仮名の草書体を作るは易々たるものである。然るに今日に於て之を工夫し且つ其工夫の結果を主張すると、折角の大目的たる楷書の仮名文字の実行を阻害するの虞がある。故に今は敢えて之に論及しない。

 第二、横書よりも縦書がよいという事。
文字は総て左より右へ横に読み又書く方が自然であると云う事は、文字学上殆んど議論の余地の無い処であるから、これはくどくど敷弁明する迄もあるまい、世間一般に縦書と思っている漢字も之れを一字宛解剖して見ると多くは左より右への横書である。

 第三、同音異義の文字が区別出来ぬという事。
我国には、同音異義の文字が頗る多い。然るに仮名文字を用いれば、其区別が分からなくなると云う非難は常に聞く処であるが、之は尤もな事である。漢字は形象文字であって、発音とは併行しないから、従来熟字を作るに当って字義にのみ重きを置き、其発音には余り注意をしなかった結果、同音異義の熟語が沢山に出来たのである。即ち之は漢字使用の結果であって、若し此侭に進んで行ったならば、今より五十年百年の後にはどれ程の紛らわしい熟語が出来るか知れない。之れ即ち漢字の廃せざる可からざる一理由であって、同音意義の言葉ある故に音符文字用う可からずと云うは本末を転倒せるの議論である。
我々は談話を為し又は演説を為すに当って聞き手が誤解せぬ様な言語を使うではないか。若し此通りに文章を書くならば意味の通ぜざる事は無き筈である。斯の如くして我日本語は混乱より免れ得るので、音符文字は日本語を将来発達せしめる唯一の方法であると云っても宜しい。
又従来已に出来たる我国の文学を保存するには、漢字を仮名文字に添うれば宜しい。丁度現今六かしき漢字に振り仮名を附けるが如くに、意義の間違い易い仮名文字ヘ漢字を振り附くれば総ての困難は除去せられる。次の文例中肉弾の文章は即ち此種のものである。斯くすれば我国古来の如何なる文学をも保存する事が出来る。
又和歌や俳句などは限りある字数で色々の事を言い顕わさんとするから、中には漢字を混えて始めて意義が明瞭となる様なものもある。恰も文章丈けでは不十分だから画を添えて看る者の感じを深からしむると同一の手段で、漢字を巧みに混用して読む歌などがある。斯の如き場合には矢張り漢字を振り仮名の如くに使用すれば宜いのである。

 第四、折角文字を改良するならば万国共通のローマ字にすべしと云う事。
之れは一応尤もな論である。私も実は出来るなら左様にしたいのであるが、本論にも述べた通り国字の改良は木に竹を継ぐ如きは到底不可能事で必ず漸進的変遷でなけらねばならない。故に止むを得ず日本固有の文字を基礎とするのである。外国人が読み難い位いは辛棒して貰わねばならぬ。
尤も読み難いと云うても之れは僅かの差違であって、外人が我片仮名五十字さえ覚えれば何でも発音が出来る訳である。而して意味の分からないのはローマ字で書いてあっても同じ事であるから、結局一ニ日の時間を余分に費やして五十音を習うか習わぬかの違い丈である。
然し我々が英仏の文字を見慣れて居ってロシアの文字を見ると非常に六かしそうに感ずるが如く、外国人がローマ字で書いてある日本文を見ると親しみを感じ、片仮名で書いてある日本文を見ると異種族の人を見る様な感じがするに違いないが、蓋し之は止むを得ざる事と諦めねばなるまい。文字丈をローマ字にして見ても顔附きが違うから合って見たら矢張り我々は日本人で彼等よりは異種族と思われるのである。

 第五、児童は漢字を喜んで習うから是を廃する必要がないと云う事。
私から云うと是れが即ち漢字廃せざる可からずと云う一つの論拠となるのである。文字が六かしいから読み書きを為し得る事が即ち教育であると云う様な謬った考えを支那人や又昔の日本人は持って居ったのである。文字は教育を受ける為めの一つの手段に過ぎない。文字とは耳から入る言葉を蓄音機の代りに紙に書いて眼から入らしめる丈けの価値しかないのである。然るに文字を知れるは即ち教育を受けたるなりと云う如き謬りたる思想があるから、児童は漢字を書いたり読んだりする事に一つの誇りを感ずるのである。若し漢字が音符文字に変ったら此の誤りたる誇りは児童の頭より一掃せられて、真の学問の値打が顕われて来るのである。

 第六、仮名遣いを一定せずして音符文字を主張するは不可なりとの事。
仮名遣いを単純にし又之を一定せしめざる可からずは私も夙に感ずる処であるが之は寧ろ国字が音符文字となりたる後の事業としても宜しいと思う。今之を国字と関連せしむるは徒らに問題を複雑ならしむるに過ぎぬ。故に私は仮名遣いは当分人々の考えで如何様にでもやって貰い、其整理は更に学者を俟ってしたいと思う。次に掲げる文例にも故さらに色々の仮名遣いを用いてみた。

 第七、ローマ字は子音と母音とに別れて居るから優って居るとの事。
之れは英仏等の言語を書き顕す時の話しで日本語を綴るには却って不便である。日本語には子音丈けを以って発音する言葉は殆んどない。大抵子音に母音が附属せねばならぬ。故にローマ字綴りにすると仮名の二倍の手数がかゝる。『カ』とか『ノ』とか一音となって居るものを何を苦しんでkとa又nとoに分解して書くか。書く時に分解し読む時に化合せしめねばならぬ様な手数をする必要はどこにあるか。水を酸素と水素に分解したり又此元素を合せて水にするは化学者のする事で、我々日常顔を洗ったり茶を飲んだりするに一々酸素や水素に分解するには及ばぬではないか。

 第八、ローマ字ならば外国語をも書き顕わせるから優って居るとの事。
之れは便利なこともあるが又却って紛らわしき事もある。ローマ字の『ノ』はnoであるが英語のnoは否の意味となる。朝鮮をChosen酒をSake竹をTakeと書くと英語で違った意義の文字と間違えられる事もあろう。然して仮名では外国語は書き顕はせぬかと云うにそうでない。英仏語の手引などにはよく書いてあって敢えて不便を感じない。然し要するに何れの国語でも外国語の発音を完全に書き顕わす事は出来ぬものである。英語のrと仏語のrと独語のrと印度語のrと日本語のrとは文字を同じにしても発音は皆違って居るから、外国の発音を他国の文字で書き顕わす事は結まり何れの国でも完全に出来るものではないのである。

 第九、漢字の中には簡単で便利な文字もあるとの事。
之は実に其通りで漢字の中には如何なる文字よりも簡単なものがある。故に私は仮令仮名を用うるとしても少数の漢字は保存したいと思う。即ち私が仮名と共に作りたる漢字は左の如きものである。
 一ニ三四五六七八九十百千万大正年月日候〔「候」は崩し字〕
此の如きは一種の便宜法である。何も絶対に漢字を一字も用いてならぬと云うのでは無い。又算用数字なども同様併用してよろしい。

 第十、私の作りたる活字は未だ不完全なりとの批難。
是は私の素より承認する処で、此活字は決して之で充分なりと云うのでは無いが平尾氏の苦心の結果は私が始めに作った二種の活字よりも大に進歩したるものであることは誰しも認める処であろう。
此活字の中製造の出来具合悪しくは予期に反したるものがある。例えば『ハ』『ニ』『ヌ』などで、此等は改鋳を要する。又全体が肉ぶとで角ばり過ぎた憾もある。次回には更に工夫を凝したる字体を作る筈である。
今説明の序でに此活字の字形を考うる際吾人が如何なる点に注意したかを少し許り述べる。

一、他よりも上に出でたる文字(ウカトナの類)又下に出でたる文字(アサラヲの類)は大体は其字の原の形に因るものなれど、此種の字が余りに数多くなれば却て其合成せる語の形を害するから、之れは或る数に止める必要がある。羅馬字では二十六字の中、上に出でたるが九字、下に出でたるが五字ある。此仮名文字では総数四十八字の中、上に出でたるが十二、下に出でたるものが八つあって。外に濁音が二十、半濁音が五あり。此二種の音には皆右上に其印がある。又拗音撥音などは低い文字にしてある。故に其組合せたる結果を見ると一行の中上下に出でたる文字の数が凡そ英仏の文字と似て居る。
二、各文字の頂辺と底辺とが良く揃い、印刷したるとき横に線を引きたる如き感じを生ずる事は必要である。故にアフチの如く元来其の底辺に相当する画の無き文字は欧文のjの如く下を捲き上げて其想像線にまで戻すことゝした。
三、片仮名は上下左右殆んど総ての角度の線を有すと云うても宜い。故に之を其侭にして活字にすると各文字の間に共通性がないから不揃なる如き感を生ずる。欧字には直線もあり曲線もあるが何れの文字も皆陰に陽に垂直線を有して居る。之れが其文字の能く揃う一原因である。依て此仮名の活字も右の点に注意して作った処が多い。
四、片仮名は文字毎に画数が異うから、横に並べて見ると大小不揃の感が起り易い。故に大体画の少き字は肉ぶとに、多き字は細肉にして、文字の重みを成るべく均一ならしめんとした、然し之れは或は不必要な心労であったかも知れぬ。
五、頭字は並字と同大の十四ポイント活字中に入れたが、並字が大き過ぎた為め頭字が余り目立たない事となった。次回には其差を大きくしたいと思う。
六、『タイプライター』に用うる字形は総て毛線(ヘヤライン)となし且各活字の幅を均一にする必要がある。これは追て作る積りである。
七、 候と云う字は仮名では一寸不便で且つ往復文には度々用うる字であるから候〔崩し字〕と壱字を作った。

要するに茲に掲ぐる活字の見本は今後数回はおろか数十回にも亘って次第に改良を加うるは勿論である。之は今単に吾人の進むべき文字改良の方向を示すに過ぎない。識者幸に其心して之れを観られんことを願う。

このページの初めにもどる


仮名文字協会設立趣意書

国家将来ノ為メニ本邦現在ノ文字ヲ何トカ便利ナルモノニ改良スル事ハ現今日本人タル我々ノ前ニ横ハレル大責務デアル。勿論此事業ハ短時日ニ成就シ得ル性質ノモノデハ無イガ,サリトテ漫然放擲シテ顧ミザレバ何時ニナッテモ成就ノ期ナク子孫ニ対シテ吾人ハ不親切ノ誹ヲ免レナイ。
故ニ今ヨリ出来ル丈ケ此目的ニ向ッテ研究ト準備トヲ進ムルヲ要スル。
然シ此ノ大事業ハ到底少人数ノ力デハ為シ遂ゲ得ラルベキモノデ無イ。必ず多数ノ識者や憂国者ノ同情ト協力ヲ仰ガネバナラヌ。
因テ私ハ茲ニ仮名文字協会ヲ設立シ今後有力者ノ援助ヲ得テ左ノ如キ方針ヲ以ッテ此事業ニ一歩ヲ進メタイト思ウ。

一,片仮名ノ活字ヲ研究改良シ,且ツ其得タル優良ノ字体ヲ以ッテ種々ノ大サノ活字ヲ製作シ以ッテ如何ナル印刷ニモ差支ナカラシムル事。
英,仏ニ於テハ活字ノ種類ハ無数ニアル。我仮名活字モ亦少クモ数十種ナクテハ実用ニ適セヌ,又字体モ逐次改良工夫ヲ要スル。
二,仮名ノ活字ノ使用ヲ勧ムル事。
学生其他種々ノ団体又ハホテル等ニ仮名ノ活字ヲ供給シ,其印刷物ニ此活字ガ適スルヤ否ヤヲ験シタイト思ウ。
三,仮名文字ヲ以テ印刷セル文書ヲ世間ニ拡ムル事。
我国在来ノ書物又ハ新シキ稗史小説子供ノ読ム絵本ノ類ヲ仮名ノ活字ニテ印刷シ多数ノ人殊ニ児童ニ仮名文ヲ見慣レシムル事ヲ力メタイ。
四,仮名文字ノ“タイプライター”ノ使用ヲ世間ニ拡ムル事。
仮名文字ノ効果ハ“タイプライター”ニヨリテ,著シク発揮セラレルカラ,仮名ノ“タイプライター”ヲ作リ,当初ハ先ズ児童ノ娯楽用トシテ次ハ簡単ナル事務用トシテ成ルベク広ク之レガ使用ヲ奨励シタイト思ウ。
五,其他
右ノ外種々ノ方法ヲ講ジテ我子孫ガ将来自然ニ漢字ヲ廃シ得ル様準備ト基礎ヲ作ル事ニ勉メタイ。

我国ノ将来ヲ慮リ右ノ趣旨と努力ニ御同情ノ方ハ本会ニ入会シテ,一臂ノ力ヲ副ヘラレンコトヲ切望シマス。

追テ本会ハ当分ノ間便宜上本部ヲ大阪ニ置クモ将来ハ中心ヲ東京ニ移シタキ予定デス。


    
大正九年十一月一日

                         山 下 芳 太 郎

                           兵庫県武庫郡山芦屋


このページの初めにもどる